白井田七茶の口コミ&効果を検証中

葉っピイ向島園の日常は非常識だった!?

白井田七茶を作っているのはどんな人?

 

この単純な質問の答えを公開していきます。

 

 

白井田七茶は「粉末の向島園茶」×「粉末の白井田七人参」でできています

 

今回は粉末の緑茶を完全無農薬・無化学肥料で栽培されている

 

葉っピイ向島園の園主である向島和詞さんの人柄がバンバン伝わってくる

 

動画が購入後にメールで送られてきましたので紹介します。

 

その動画とは

〜オヤジのお茶、僕のお茶〜

 

テレビ東京で今から7年前、

 

2009/2/8に関東地方限定で放送された番組です。

 

 

 

18歳でお父さんを亡くし、茶畑を継ぐことになった向島和詞さん

 

静岡県の山間にある向島園

 

代々お茶づくりをするこの家に向島和詞さんは生まれた

 

お父さんは周囲の反対も聞かず、借金をしてまで始めた完全無農薬でのお茶づくりをしていました。

 

なのに突然旅立ってしまいました

 

18歳でお父さんを亡くし、茶畑を継ぐことになった向島和詞さん

 

「この若さで茶づくりをするなんて想像もしてなかった」

 

お父さんから受けっとた時は「モノはできないし、給料ももらえる状態じゃない」

 

でも肥料をあげたくてバイクを売ったりしました。

 

「周りの大人たちに面白がられてましたよね」

 

 

お母さん

 

お茶作りは簡単じゃありません

 

だから「なぜ俺が?」という気持ちにもなってた時期もあります

 

そんな時に、父の残したお茶を飲んで「美味しくて」「このお茶はまだ俺には作れない」と

 

わんわん泣き出したことをよく覚えています。


 

18歳でお茶づくりを始めて、5年かけてようやく「おいしい」と周囲に言ってもらえるようになった

 

「お茶は農産物の中でも特殊です。特殊中の特殊」

 

「山一つ違うだけで霧の立ち方も違う、だからできてくるものも当然違う」

 

「だから面白い」

 

この茶づくりの作業自体が楽しい 「楽しくてたまらない」

 

この5年はお父さんとの会話を作業を通して行ってる感覚だった

 

 

〜〜ある一日〜〜

 

午前6時から加工場は動く

 

丹精込めて育てた無農薬の茶葉

 

無農薬の茶葉の最大限の旨味を引き出すためにお父さんがゼロから作った加工場

 

もちろん使い方を知っていたのはお父さんだけ

 

「本や講習会や違う工場で勉強させてもらった」

 

「あとは感覚です」

 

機械一台一台の音で判断している

 

ここにいれば「僕には聞こえるです」「次の工程に行くよと機械が音で教えてくれる」

 

と機械の側で朝食を食べるほどにお茶の加工につきっきりで作業してる

 

おいしいお茶が作れうようになって、親父が無農薬にこだわった理由が分かった

 

向島園ポリシー

 

向島園では茶木を密集させて植えない 50p〜1m離して植える

 

人間で例えると、密集=満員電車

 

木にすごくストレスがかかる

 

間隔を広げると根が下まで深く伸びるので生命力溢れた木になる

 

茶木を一つの同じ生命体として、人間と同じように扱ってる

 

同じ生命体として共存していく中で「いかに折り合いをつけるか?」で無農薬に入った

 

無農薬は「柔らかい味」「強制されてない味」がする

 

お茶を急須で入れるときも独特

 

「最後の一滴が濃縮されていておいしい」

 

そう言いながら急須を上下に振って最後の一滴を絞り出す

 

 

ワンポイント

 

いいお茶ほど下手くそに入れるとまずくなるのはなぜ?

もっているポテンシャルが多いから

 

旨味甘味成分テアニンは20度で出る

 

「だから水出しは甘くておいしい」

 

苦味エグみのタンニン、カフェインは80〜90度で出きってしまう

 

だから「美味しいお茶ほど低温で出せ」ということになるんです。

 

 

 

 

お茶作りを5年やってみて思うことは?

 

父を尊敬せずにはいれない

 

昔は無農薬のお茶はまずいと言われていた

 

それを「美味しい」茶にしたのはすごいと思ってる

 

父は、誰かと協力してやり始めたわけでもなくたった一人で始めた

 

そのことで、たくさん叩かれたし、お金も儲からない状態だった

 

それでよくやり続けたなと思う。

 

自分がここまで頑張れてる理由は?

 

 

向島和詞さん

 

「両親をすごく尊敬してるし愛しているですよ」

 

だから「けなしきれない」

 

一番思うのは

 

ここまで父が作ってきたものを、

 

「端から見れば、父が辞めてこれで倒産してしまったら失敗になってしまう」

 

「だから成功させてあげたかった。現実的に」


 

 

お母さん

 

「ありがとうっていうと思うよ」


 

向島和詞さん

 

「・・・・・」

 

「一緒にやりたかったな・・」


 

「向島和詞さんが涙ながらに最後に漏らした一言は

 

47歳で亡くなったお父さんの最後の一言と同じでした

 

「一緒にやりたかった」

 

そんな親子の時間を超えた会話から本気の有機栽培で農業してる向島園が透けて見えます。

 

動画の中の向島和詞さんはとても純朴で、熱い男ということがよく伝わってきました。

 

そんな彼も現在30歳で12年目です。

 


詳しくはコチラ

 

この動画が見たい方はぜひ購入して確かめてみて下さいね!